6 結論
本研究では、聖書の神の名がThe LORDと表記されていることを取り上げた。神の名が示されている箇所で、My name is The LORD. と表記されている箇所がある。訳すと「私の名は主」ということで、「名」が「主」という肩書で示されているのは、表現として不自然であることを取り上げた。
なぜ、神の名がThe LORDになっているかという理由については、元々のヘブライ語の表記では、Tetragrammaton( 英語のアルファベット表記だとYHWH) という 4文字語で表記されていた。ヘブライ語では、母音を表記しないことが習慣であった。しかし、神の名をむやみに使ってはいけない、という掟を過剰に適用した結果、神の名の正しい発音がわからなくなってしまった。そこで、聖書の写字生のマソラ学者が、「神」を意味するAdonaiという語を 4文字語に充てるようになり、そこから、Tetragrammatonの代わりにLordが使われるようになった経緯を理解することができた。
しかし、神の固有の名を示す Tetragrammatonが旧約聖書中に 5000回以上使われていることからすると、聖書筆者にとって神の固有の名を使うことは重要なことであったと考えられる。それを Lordで置き換えて英訳することは、聖書筆者の意図を反映させている翻訳とはいえない、妥当性に欠ける訳ということになる。
正しい発音がわからないから固有の名を使わない、というのも妥当性に欠ける考えといえる。なぜなら、イエスを表す Jesus という名も、本来の正しい発音とは異なっていることがわかった。特に、最後の ’s’ は所有格を意味する接尾辞であることから、Jesusというのは正しい表記ではないことがわかる。しかし、言葉とは常にそうであるように、正しいか正しくないかの問題よりも、習慣的にその表現が使われて、一般に浸透しているかどうかが、重要な要素であることが多い。神の名は 16世紀以降 Jehovah と表記されることが一般的であった。しかし、その後、Jehovahは正しい発音ではないから、使うべきではない、という機運が起こってLordに置き換えられる結果となった。Jesusの語源は、Jah ( or Jahveh / Jehovah) is salvation である。即ち、Jesusの中に Tetragrammatonが含まれているのである。従って、Jesusという名を使うということは、Tetragrammatonを認めることである。従って、神の固有の名を使うのが合理的である、といえる。
最後に、神の固有の名を使わずにLordを使うと聖書の正しい理解が妨げられる危険を指摘した。神を LORDと呼び、イエスもLordと呼ぶと区別がつきにくくなり、誤った理解が生じかねない。1世紀の宗教指導者であったファリサイ派の人たちの誤りをイエスが指摘したマタイによる福音書 22章41-46節に出てくるLORDとLordは、それぞれ神とメシアであるイエスを指しているが、この表記では、区別がつきにくい。神の固有の名Jehovahを使う方が、正しい聖書の理解のために必要である。
以上の事実から、聖書の神の名TetragrammatonをLORDではなく、Jehovahと表記することが、聖書筆者の意図を反映させた妥当な英訳聖書である、というのが本研究の結論である。
