詩篇(1909年,左近義弼訳)緒言

三六 詩篇中の聖名。

(ア)ヤーェ。 この聖名は舊約聖書中に 六千八百二十三度 用ゐられてゐる。
從來 この聖名の「ヱホバ」と誤唱せられた理由は 抑も この「ヤー(無窮の存在者)」と云ふ聖名を口にするは 誠に恐れ多い事として 筆には「ヤーェ」と書きながら 口には「アドナイ(主)」と唱へたのが 後世に成つて 途方もない滑稽な渾名の様な「ヱホバ」と云はるる次第に成つた。紀元前五百八十六年のバビロニヤ捕囚より 選民は 亡國の民と成ると共に ヒブリ語も 死に果てて、往昔より神聖なるものとして 尊まれた言語は 少數の教育ある人人の間にのみ保存せられた、夫より幾世紀にして その聖書さへも 古の如く正確に誦唱せられぬ様に成るに連れて 第一に聖徒の心を痛めたのは この聖名の唱へ方であつた。聖名を書いてままにして置けば「ヤーェ」と唱へて 誰も「アドナイ」と呼ぶ者が無い事は當然である、さて 如何にして「アドナイ」と唱へさせやうかと隨分苦心したのであつて、その工風の結果 まづ「ヤーェ」と云ふ語を綴る子音文字に「アドナイ」と云ふ語を發音させる母音記號を加へて、爰に實は「ヤーェ」と書いてはあるが 之は「アドナイ」と唱ふべきものであると示した積りであつた、その趣は 丁度「豊臣秀吉」と書き乍ら尊敬 の餘り 之を「トヨトミとよとみ ヒデヨシひでよし」とは云はずして 時の尊號「太閤様」と唱 へ、かく 己の唱へし通りに後の子弟にも傳へやうと思ひて「豊臣秀吉タイカウサマ」に「タイカウサマ」と振假名を附けて置いたのが 後世に成つて「豊臣秀吉」の四字が實際「タイカウサマ」と云ふ字音・字義のものと誤解せらるるのと一様である。勿論 今日「ヱホバ」と云へば 英語でも日本語でも一般の通り名に成つてるけれども その字義上よりすれば 全く無意味である、けれども「ヤーェ」と云へば 自然に「無窮の存在者」と云ふ莊嚴な印象を心に深く徹せしむるのである。

(イ)ヤー。 この聖名は:ヤーェを縮めたもので、始めて 出埃及記一五の二に 見える、主に 詩に 用ゐられてる。舊約聖書中に 五十度程用ゐられてる。

(ウ)ル。 この名の字義は「強き者」である、舊約聖書中に 神を指して 此 語が二百十七度 用ゐられてある、其他天使や・大なる事物を現すに八十五度用ゐられてある。

(エ)ロヒム。 ロヒム(神)は實際は複數である、神・天使・裁判官等にも用ゐられたる名である。この名が 詩に用ゐられてあるのは單數で「エロア」である。この名の單複數或は他の聖名と合せ用ゐられてるのが舊約聖書中に三千度位ある。詩篇の内に ロヒムを用ゐてある詩は
(い)コーラ集からのが 四二――四八、四九(?)である、此等の中に ロヒムが三十六度ある。
(ろ)ダビデ集からのが 五一――六五、六八――七〇、七二である、此等の中に ロヒムが百二度ある。
(は)アサフ集から 保存せられた詩(五〇、七三――八三)が 凡て ロヒム集にも轉載せられてある。此等の中に ロヒムが 四十度ある。
(に)孤兒詩(六六、六七、七二)に ロヒムが 十八度ある。

(オ)ドナイ。 ユダヤで用ゐられた聖名「ドナイ(主)」は 北方イスラエル
で用ゐられた聖名「バアル(主)」と 同一である。 (カ)バオス。 この聖名「セバオス」は 始め イスラエルの軍隊の事であつたが、次にエジプトやアッシリヤやバビロニヤの軍隊をも含み、次に天の日月星辰を含めて云ふ大衆或は萬軍となつた。

(キ)ルヨン。 この聖名「エルヨン(最高者)」は 神にも・天使にも・王にも當てられてある。

(ク)ャダイ。 ャダイは 大能者との義である。

左近義弼について

左近義弼訳について

左近義弼(1865-1944, 慶応元年-昭和19年)は、青山学院の教授で日本の聖書学者、聖書翻訳者。1892年からドルー神学校で、James StrongやRobert W. Rogersに師事してヘブライ語とギリシャ語を学ぶ。ユニオン神学校で、F. Brown, C. A. Briggs, C. P. Fagnaniらに師事し、聖書原語を学ぶ。E.C. MitchellやW.R. Harperからの指導も受ける。メソジスト派の牧師。1904年頃から和訳を始め内村鑑三の「聖書之研究」の中で「ロマ書」(1905年)などが掲載され、その他の雑誌にも投稿されている。

単行本としては、「マタイの伝へし福音書」博文館(1907年)、「詩篇」聖書改訳社(1909年)、「創世記」聖書改訳社(1911年)、「耶蘇伝 新約聖書」編訳 聖書改訳社(1914年)、「耶蘇教の初代-使途行伝」訳編 聖書改訳社(1919年)、「ヨハネのつたへし福音書」第一書房(1942年)がある。

「詩篇」、「創世記」、「耶蘇傳 新約聖書」、「耶蘇教の初代ー使途行伝」に、「ーヱ」や「ヤウヱ」の形で、神のお名前を使っている。

出展: 近代文献人名辞典(β)
ページの版番号: 20961

羅馬書改譯私案

羅馬書改譯私案
初めの三章
在米國 左 近 義 弼
第一章
(一)-(七) 神の福音をのべ傳ふべく選ばれ、召れて使徒となり、イエスグリストの奴隷たるパウ
ロ、ロマに在りて神にいつくしまれ、召れて聖徒せいととなれるすべての人々をおとなふ、願はくは我等の父なる神及び主イエスグリストの恩寵めぐみ平安やすき爾等なんぢらにゆたかならんことを。抑もこの福音は、彼の子我等の主イエスグリストにつきていにしへより聖経の中に既に豫言者たちに依て誓はれたるものなり、彼は肉體によればダビドのすゑより生れ、聖徳せいとくの霊性によれば死より更生よみがへりてくししくも神の子たること顕はれたり、われら彼によりて恩寵と又萬の國民をして信仰に従がひ彼の名をあがめしむべき使徒たるの職とを受けし者なり、爾等なんぢらも亦此等の國民の中に共に召されてイエスグリストの者たるなり。(八) われまづ爾等なんぢらすべてにつきイエスグリストに依り第一にわが神に感謝せざるを得ざるは爾等の信仰が全世界に打傳うちつたへられることとなり (九)-(十) われ常に祈るごとに、何れの日かつひに神の聖意みむねかなひて爾等に訪ねふべき道の開けかしと請求こひもとめ、かつえずわれ如何に爾等に懐念おもひを注ぎをるかは彼の子の福音をのべ傳ふることに心をつくして我があがつかふる神こそわがあかし者なり (十一)-(十二) そはわれ爾等をして更に堅く立しめんとて或る霊のたまものを爾等にわかあたへんと欲す、否むしろわれ爾等と共に各自の信仰に依り相互に慰さめ勵まされんが爲め爾等に見えばやと思ひこがるゝなり (十三) 同胞はらからよわれ他の國民の中にわが努力のを収めしごとく爾等の中にも亦或るを得んがためわれかつて爾等の許にいたらんと幾度か思ひ立ちしかども妨げられ、ひいて今に及べるを全く爾等に知られざるを欲せず (十四) およそグリキ人にも異邦人にもかしこきひとにもおろかなるひとにも我は盡すべき義務つとめを有す、(十五) 故にわれ今や又爾等ロマに在る人々にも福音をのべ傳へんと欲す (十六) 我は敢て福音をのべ傳ふるをはじず、如何となればこの福音はユダヤ人を始めグリキ人に至るまですべて信ずる者を救に入らしむる神の能力ちからたればなり (十七) 則ち「義人は信仰に依て生くべし」としるさるゝが如く信仰より信仰に進みて神の義はこの福音に顕はれをれり。(十八) それ神のいかりは、不義を以て眞理をはばめる人々の不虔不義に逆らひて天より示さる (十九) そは神につきて知り得べきことは神みづからこれを示し給ひて悉く彼等に顕明あきらかにせられたり (二十) 則ち世のはじまりより以来見能はざる神の無限の能力と神性とはすべての造られたるものに於てさとらるべく明かに現はさるれば人々如何でか言ひのがれ得べき (二十一) 如何となれば彼等すでに能く神を知りながらなほ神として崇めず感謝せず反つて己の冥想に迷ひ愚なる心をくらまし (二十二) 自ら智者と稱して反つて愚者となり (二十三) くちちはつべき人鳥獣蛇等の像にあやからせて朽ちはてざる神の榮光をかへたり。(二十四) 故に神は彼等を見すてゝ己等が心の邪慾を縦肆ほしいままにし相互に身を辱しむるの汚穢に打任し給へり (二十五) かく彼等は神の眞理を虚偽にかへ造り主をうとんじ反つて造られたる物を崇め奉りてぬかづきつかへたり「アゝ世々にほむべき者は神なりアーメン」。 (二十六) これによりて、神ははづべき情慾のまにゝゝ彼等を見すて給ひたり、けだし彼等の中には婦女さへも身の順性の用を顧みずみだりにかへて逆性に用ひ (二十七) 傍ら男子も亦婦女順性の用をすてて相互に嗜慾を燃し立て男と男と耻べき行をなして、當に悖戾よししまに應ずる刑酬を己が身にうけ得たり。 (二十八) 彼等念頭こゝろに神を存するをも拒みければ神も、亦彼等が邪僻よししまなる志をいたさせてなすまじき事をなすがまゝに見棄給ひたり (二十九) 彼等あらゆる不義惡慝貪婪暴狠をたくましうし、彼等の生涯は妬忌凶殺爭闘詭譎肆毒にて滿々たり (三十) 彼等は又讒害毀謗神を恨み侮慢驕傲自誇する者となり新たに惡端わるしなくはだて親にそむき (三十一) 頑梗背約不情不慈なりし (三十二) かくておよそ此等の不徳を犯す者は當に死にしよせらるべき神の聖勅おほせを知り乍ら、唯に彼等自ら行なふのみならず猶又之を行なふ者をも稱揚ほめはやしするなり。
第二章
(一) これ故におよそ何人にても判責せめさばきを事とする者よ、爾決して自ら辯解いひわけするに由なし、爾他人を判責するは正しく己をなじり罪するなり、そは爾他人を判責しながら自ら亦同じく其等の事を行なへばなり (二) 神の審判さばきは何人を論ぜずすべて斯る事物を行なふ者を誤りなく罰することは我等の能く知れるところなり (三) 此等の事物を行なふ者等を判責しながら自ら同じ罪を犯す人よ、爾のみ特に神の審判を免かれ得べしと思ひ定むるや (四) 或は神の仁慈いつくしみは爾を悔改に導びくものなるを辨へずして、神の豊厚ゆたかなる仁慈寛宥恒忍をなみするや (五) なむぢ剛愎かたくなにして悔改の心なきまま神の義しきさばき判官さばきてとして顕はれ出づる、震怒いかりの日に至るまで、神の怒を己の為めに自から積かさね居るなり (六) 神は當に各自の行爲おこなひに應じて報い給ふべし (七) 堪忍びて善を行なひ榮光と尊貴と諸の朽ちはてざるものとを求むる者等には永生を與へ給ふべけれども (八)-(九) 黨争を好み眞理に従がはず不義に従がふ者等にくわんし、先づユダヤ人を始めグリキ人に至るまでおよそ悪を行なうて止ざる者には常に忿恚激怒患難窘苦のみ附きまとふべし (十)-(十一) されど神に偏視かたよりなければ先づユダヤ人を始めグリキ人に至るまで、すべて善を行なふ者には、榮光尊貴平安つねにゆたかなるべし (十二) すべて律法おきてなくして罪を犯せる人々は律法なくして亡ぶべけれども、すべて律法の下にありて罪を犯せる人々は必らず律法にてらされてさばかるべし (十三) 律法をく計りにては誰も神の前に義とせられざるべし、たゞ律法を守る者等のみ義と見らるべし (十四) それ律法なき異邦人も、もし、本性のまゝ律法にのせたるところを守りなば假令律法なしと雖も彼等自ら己の律法たるなり (十五) かく彼等良心の共に證するところ、思慮おもひの中に或は己を譴責し或は己を辯解し、正しく心のまさせる律法の要するはたらき彰明あらハせり (十六) さればわがのべ傳ふる福音にいへる如くイエスグリストに依て神は人々のひめごとをさばくべき日に (必らず偏視なくさばき給はん)。(十七)-(二十) もし爾ユダヤ人なりと稱し律法をたのみとし、神にぞくせる者なりとほこり、神の聖旨を知り律法より学び得て至善を辨まへ、かつ律法に於て悉く智識及び眞理の模範を有せるを以て自ら盲人の導士、暗黒に居る者の光、愚なる者の傳、童蒙ふわらべの師なりと信じなば (二十一) 何故に爾他人を教へながらなほ己を教へざるか、「ぬすむ勿れ」とのべ傳へながら爾なほ自らぬすみみなすか (二十二) 「姦淫する勿れ」と戒しめながら爾なほ自ら姦淫するか、諸の偶像をにくみながら爾なほ自らみやかすめなすか (二十三)なむぢ律法に於て誇りながらなほ自らその律法を破り、以て神を辱しめなすか (二十四) 則ち「神の名は異邦人の間に爾等に依てけがされたり」としるさるゝが如し (二十五) 爾もし能く律法に従がひなばに割禮は功あり、されど爾もし律法を破りなば爾の割禮は既に無割たるなり (二十六) 故に無割の者ももし悉く律法の要するところを守りなば、彼の無割豈割禮の功なしとせらんや (二十七) それ本性のまゝ無割にして而も能く律法を全うする者、つとに儀文と割禮とを持ちながらなほ律法を破る爾をさばくべし (二十八) そは外貌みえのみのユダヤ人は眞のユダヤ人に非ず、又にくにある外部の割禮は眞の割禮にあらず (二十九) 眞のユダヤ人は内部のユダヤ人、眞の割禮は儀文に基かず、れいにおける心の割禮なり、斯る者こそ人よりにあらず、神よりの稱讃を得るなり。
第三章
(一) 然らば果してユダヤ人たるの益は何ぞや、又割禮の功は何ぞや (二) 諸の點に於て甚だ益おほし、先づ第一に彼等は神のみことのりをゆだねられたり (三) されど或る人々の信ぜざりしを如何、彼等の不信あへて神の信をはいすべきか (四) 決して然らず、則ち「爾の陳る言をして義とせられ爾さばかるゝ時に勝を得んが爲なり」としるさるゝが如く、假令すべての人を偽とするも必らず神を誠とすべき。(五) されどもし我等の不義更に著しく神の義を顯はすとせば我等は何といふべきか、罰を加へ給ふ神は不正なるか〔こはわれ人(のよう)によりていふのみ〕 (六) 決して然らず、もし果して然らば神は如何にして世をさばくべきか、 (七) されど、もし、わが偽に依て神の眞ますく神の榮光を顯はせりとせば、何を以て、我も亦他の人々と共に、なほ罪人としてさばかるゝや、 (八) 猶かつ何故に、我等、或る人々に依て恰も我等が斷言せるやにそしり傳へらるゝ如く「善を來らせんが爲に我等をして悪をなさしめよ」といひ能はざるか、うべなるかな斯る人々の罰せらるゝとや。(九) 然らば如何、我等聊かにても他に勝れるか、否々、そはユダヤ人もグリキ人もなべて罪の下にあることは既にわれ等が宣言せるところなり (十)-(十八) 即ち「〇一人だに義人あるなし〇明達者なく、神を求むる者なし〇万人擧みなこそつて道をはづれ、全く腐れはてたり、善をなす者なし、一人だにあるなし〇彼等の喉は則ちあぎかれたる墓、彼等は舌を以て欺むき、唇の内に蝮の毒をかくせり〇彼等の口はいかみと苦とにて充ち〇彼等の足は血を流すに迅かに〇彼等の途には殘害苦難並び横はれり〇彼等は平安なる道を知らず〇神の畏彼等の目前にあらず」としるさるゝが如し (十九) それくちは噤められ、又全世界をして悉く神のさばきに歸せしめんが爲に律法の示せるところは万事律法の下にある者に命ずるものなることは能く我等が知るところなり (二十) 如何となれば律法に基づける行爲にては何人も決して神の前に義とせられざるべし、そは律法はたゞ罪の罪たるを更に明かに示すのみなればなり。 (二十一)-(二十二) されど律法と豫言者等とに依て證せられて今は 全く律法の外に更に神の義は顕著にせられたり 則ち此はすべての信ずる者等に何等の差別なく、單にイエスグリストに於ける信仰を通じて與へ給ふ神の義なり (二十三) そは人々みな既に罪を犯して神の榮光を欠けども (二十四) 彼等は神の恩寵に依りグリストイエスにおける贖を通じ功なきまゝに義とせらるゝなり (二十五)-(二十六) 則ち神は寛宥を以て往古より既に罪を犯せる人々を見のがせし所以、かつ神の義の證明たらしめんが爲に、再言すれば、みづから神の義を損はず合せてイエスを信ずる者をも義と稱せんが爲に、彼の血における信仰を通じて復和やハらぎの祭物となし、今や神の義の證明としてグリストイエスを標立し給ひしなり(二十七) 然らば我等の誇るところ何處にありや、全く絶れたり、如何なる法に依てか、行爲の法にてか、否然らず、信仰の法にてなり (二十八) そは我等熱々ねんごろおもふるに、人は律法の行爲によらず、信仰に依て義と稱せらるべきければなり (二十九) さるにても神はたゞユダヤ人のみの神なるか、等しく異邦人の神には非ざるか、然り彼は又異邦人の神なり (三十) そは信仰より生ずる割禮をも、亦同じ信仰に歸依きえせる無割をも、義と稱する神は唯一なればなり (三十一) 然らば我等此の信仰を以て律法を廢するか、決して然らず、反つて我等は堅く律法を建設するものなり。

「聖書之研究」内村鑑三 「新希望」第9巻70号(明治38年12月10日)掲載

「創造」(1929年)に「左近義弼」が掲載

「創造」J.F.ルサフォードの第5章「聖書存在の目的」の最後に翻訳者明石順三が「日本語訳の歴史」を加筆挿入しています。その中に「左近義弼」が紹介されています。

日本語譯にほんごやくの歴史れきし

最古さいこ日本語譯にほんごやく歴史れきしるに最初さいしよのものとしては西暦せいれき一八三七年(天保てんぱう八年)にグツラフびとのカルラフなるひと新約全書しんやくぜんしよ飜譯ほんやくし、新嘉坡シンガポール木版もくはんもつ印刷出版いんさつしゆつぱんしたが譯語やくご全然混亂ぜんぜんこんらんされたるものである。でウヰリアムス博士はかせが一八三八年(天保てんぱう八年)ころ那覇なは滯在中たいざいちゆう創世記さうせいきマタイ傳でんとを飜譯ほんやくしたが、一八六七年(慶應けいわう三年)に草稿さうかうのまゝ燒失せうしつしてつた。一八五四年(安政あんせい元年)頃那覇なは滯在たいざいしてゐた醫師博士いしはかせベッテルハイム博士は新約全書しんやくぜんしよ當時たうじ琉球語リフキフゴ飜譯ほんやくし、よく一八五五年(安政あんせい二年)に日本語にほんごもつてルカでん出版しゆつぱんした。ほベッテルハイム博士はかせやくした四福音書しふくいんしよ使徒行傳しときやうでんは一八五八年(安政あんせい五年)に英蘭聖書協會えいらんせいしよけふくわいにより香港ホンコン木版もくはんもつ出版しゆつぱんした。
 一八六五年(慶應けいわう元年)からエス・アール・ブラウン博士はかせ四福音書しふくいんしよ飜譯ほんやく着手ちやくしゆしたが、その草稿さうかうは一八六七年(慶應けいわう三年)の火災くわさい燒失せうしつした。一八六九年(明治めいぢ二年)にサン・パアダム博士、パアダム夫人が三福音委員會さんふくいんゐいんくわいを以てマタイ傳を飜譯し、又タムソンが創世記を飜譯した。
 一八六四年(元治ぐわんぢ元年)にジヨナサン・ゴーゴルが福音書ふくいんしよ使徒行傳しときやうでん飜譯ほんやく着手ちやくしゆしたが、そのマタイでん一八七二年(明治めいぢ四年)に平安へいあん木版もくはんにて出版しゆつぱんされたが、れが日本内地にほんないち最初さいしよ出版しゆつぱんされたる聖書せいしよ一部いちぶである。
 一八七〇年(明治めいぢ三年)にヘボン博士と奥野昌綱をくのまさつな援助えんじよによつて四福音書しふくいんしよ飜譯ほんやくし、一八七二年(明治めいぢ五年)にマコでんとヨハネでんよく一八七三年(明治めいぢ六年)にマタイでん出版しゆつぱんした。一八七二年(明治めいぢ五年)に日本にほん在留ざいりふする新教各派しんけふかくは代表だいへうする外人宣教師ぐわいじんせんけふして、聖書委員會せいしよゐいんくわい組織そしきされ、五箇年とげつつひして一八七九年(明治めいぢ十二年)に新約全書しんやくぜんしよ飜譯ほんやくし、一八七五年(明治めいぢ八年)にルカでんを、一八七六年(明治めいぢ九年)にローマしよ、一八七七年(明治めいぢ十年)にヘブルしよとマタイでん、マコでん、ヨハネでん使徒行傳しときやうでんを、一八七八年(明治めいぢ十一年)にガラテヤしよ、ヨハネしよ改正かいせい)、コリント前書ぜんしよ、コリント後書こうしよを、一八七九年(明治めいぢ十二年)にエペソしよ、ピリピしよ、コロサイしよ、テサロニケ前後書ぜんごしよ、一八八〇年(明治めいぢ十三年)にピレモンしよ、ヤコブしよ、ペテロ前後ぜんご、ユダしよ、ヨハネ三書さんしよ黙示録もくしろくといづれも木版もくはん出版しゆつぱんした。此の外人宣教師の飜譯委員會ほんやくゐいんくわい補佐ほさした日本人にほんじんは奥野昌綱、松山高吉、高橋五郎の三人さんにんで外に杉本榮、三浦徹の二人ふたりがあつた。
 一八七八年(明治めいぢ十一年)に聖書委員會せいしよゐいんくわい舊約全書きうやくぜんしよ飜譯ほんやく計畫けいくわくしたが同時にエ・ジェ・パイパルがヨナ書、ハガイ書、マラキ書を譯して出版した。委員は此の計畫で着々と進歩させ、一八八二年(明治十五年)にヨシュア記、士師記、ルツ記、サムエル前後書、列王記上、エレミヤ記を、一八八四年(明治十七年)に士師記、ルツ記、列王記上下、エゼキエル書、出エジプト記、傳道でんだうしよ、レビ記、一八八五年(明治十八年)に申命記、ダニエル書、ホセア書、ヨエル書、アモス書、オバデヤ書、ミカ書、ナホム書、ハバクク書、ゼパニヤ書、ゼカリヤ書を、一八八六年(明治十九年)にはヨブ記、エステル書を、一八八七年(明治二十年)には歴代志上、歴代志下、エズラ書、ネヘミヤ記、イザヤ書、雅歌がくわ、エレミヤ哀歌あいくわ雅歌がくわ出版しゆつぱんしてをはつた。
 一八八八年(明治廿一年)に公認聖書こうにんせいしよ出版しゆつぱんされた。そして一九一六年(大正たいしやう六年)に新約全書しんやくぜんしよ改譯くわいやく完成くわんせいした。以上いじやうそと日本語譯にほんごやくとしてローマ・カトリック敎會專用けふくわいせんようの新約全書としてラバンの譯せしものあり、ギリシヤ・カトリックすなはちニコライともび亦ハリストス敎會けふくわいとも派專用はせんようの新約全書等諸本あり、此の左近義弼さこんよしすけやくせる創世記、詩篇、四福音書、永井直治ながいなおはるの譯せる「新契約聖書」等がある。
 日本語譯にほんごやくの全般を見るに飜譯者ほんやくしや不慣ふなれなためや三位一体さんみいつたいよこしま迷信めいしんたる結果けつくわ原語げんご眞義しんぎ故意こいげてはなはだしき曲解きよくかいをなしつゝあることおほく、こと靈魂れいこんとか地獄ぢごくとかかみとかが原語げんごとたがはしきため佛教用語ぶつけふようごおほ使用しようしたるため聖書せいしよ眞意義しんいぎすこぶ曖昧あいまいにされてゐるは注意ちゆういすべきである。
 かくなを 譯語やくご不統一ふとういつ混亂こんらんは日本語譯に於てとくはなはだしく、こと飜譯者ほんやくしや不必要ふひつえう敬語けいご就中なかんづく古風こふうでいて淺薄せんぱく傍記式ばうきしき假面かめんかざり、就中なかんづく改訂論者かいていろんしやが「御父」に「御子」「御願ひ給ふ」等の曲語きよくごを弄しつゝあるは悉くくわいしやてききふきふの限りである。

「創造」J・F・ルサフオード 著, 明石順三 訳(万国聖書研究会)1929年(昭和4年)より引用

詩篇ー四訳対照表

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