神のお名前の翻字:発音と文字表記

翻字について

聖書はヘブライ語、アラム語、ギリシャ語で書かれました。他の言語に翻訳する時に対応する訳がない場合はそのまま翻字されます。日本語の場合は、外来語を表記する際に片仮名を用います。

古代の文書は発見されると、ロゼッタストーンのように多言語から意味を解読できたとしても、正確な発音は失われています。ここで重要なのは、転写(Transcription)と翻字(Transliteration)の区別です。転写が「耳に聞こえる音」を写し取るのに対し、翻字は「文字を一対一で対応させる」ことを原則とします。しかし、古代ヘブライ語のように正確な発音が失われた言語の場合、翻字は多分に推測を含んだ「非精密な転写」にならざるを得ません。例えば、英語の rice(米)と lice(シラミ)は日本語ではどちらも「ライス」と表記されるように、音韻体系の異なる言語間では、原音の微細な区別が消失することが一般的に受け入れられています。

翻字(transliteration)は、時代や学術的知見の進展と共に変遷しますが、慣れ親しんだものが変わることで戸惑う場合もあります。聖書に登場するペリシテ人(Philistines)は、一般的に「フィリスティア人」と翻字されています。「キエフ」から「キーウ」、「チェルノブイリ」から「チョルノービリ」のように、国名の発音の仕方から翻字され変更された場合、変更前と変更後の翻字が残ると混乱することがあるかもしれません。

ヘブライ語の文字体系と音声学

 ヘブライ語はアブジャド(Abjad)と呼ばれる文字体系に属し、基本的には「子音」のみを記述します。全22文字から成り、右から左へと書かれます。古代において母音は口伝による記憶に頼っていましたが、後に「ニクード(Nikkud)」と呼ばれる母音記号がマソラ学者によって考案されました。

  • ヨッド (י – Yod): 半母音 /j/。英語では J、日本語では「ヤ行」や「イ」で翻字されることが多い。
  • ヴァヴ (ו – Waw/Vav): 古代では /w/ と発音されたと考えられているが、近代・現代では /v/ と発音される。これが「ヤハウェ(Yahweh)」と「イェホヴァ(Jehovah)」の表記の分かれ道の一つとなる。
  • ヘー (ה – He): 語末では無音の母音指示文字(マトレ・レクツィオーニス)として機能することが多い。
  • JEHOVAH(エホバ)

    神の名前を初めて英語に訳したのは、ウィリアム・ティンダルで1530年に「イェホゥア」(Iehouah)というスペルを使いました。1611年にジェームズ王欽定訳では、全て大文字でJEHOVAH(ヱホバ)と表記されました。その後、文語体聖書「ヱホバ」(Jehovah)や口語体聖書「エホバ」(Jehovah)、また辞書や文学でも「エホバ」が用いられるようになりました。

    YHWHまたはJHVH(テトラグラマトン)

    ヘブライ語の神の名前(יהוה)の「4つの文字」(ギリシャ語でテトラグラマトン)は、「YHWH」または「JHVH」の4つの子音に翻字できます。ヘブライ語の子音「Y-H-W-H」に対し、本来どのような母音が伴っていたかは歴史のなかに失われています。これは、十戒の「主の名をみだりに唱えてはならない」という教えを守るため、ユダヤ教徒が朗読の際に「アドナイ(主)」と読み替えたことに起因します。

    代表的な系統として、YHWH系とJHVH系、YHVH系が知られています。ドイツ語読みで「JHVH」とローマ字転写され、英語読みで「YHWH」と文字転写されました。英語はその後発音が変化し、「Y」から「J」の変化が起こり「JHVH」に変化しました。


    • YaHWeH(ヤハウェ/ヤーウェー): 現代の聖書学・言語学で最も本来の発音に近いと推測される形。
    • JeHoVaH(エホバ): テトラグラマトンの子音(YHWH)に、読み替えられた語「アドナイ(Adonai)」の母音を挿入して作られた中世以来の伝統的表記。
    • YeHoVaH(イェホヴァ): ドイツ語的な「J」の発音変化や、より原音に近い子音 Y を採用した形。

    日本語の変遷に目を向けると、平安時代には「わ (Wa)」「ゐ (Wi)」「う (Wu)」「ゑ (We)」「を (Wo)」は明確に発音し分けられていたと考えられています。しかし、聖書が翻訳された明治期には既にこれらの区別は消失しつつあり、「ヱホバ」という表記も当時の音韻感覚に基づいた選択でした。

    日本語訳聖書

    日本語聖書翻訳では、1887年文語体聖書の「舊新約全書」では、「ヱホバ」が採用されました。1906年の「引照新約全書」でも、「ヱホバ」と翻字しています。

    ヘブライ語学者である左近義弼(1865-1944)は、YHWHの音声に近い翻字を採用しています。「イエス」を「イェス」や「エス」と表記しています。「エホバ」を「ヤーヱ」や「ヤウエ」と翻字しています。

    聖書中の翻字

    英語の「J」は、基本的にヘブライ語の「י(ヨッド / Y)」に対応しますが、その後に続く母音や、ギリシャ語・ラテン語を経由した歴史的慣習によって、日本語では「ヤ・イ・ユ・エ・ヨ」の各行に分かれます。また、「Z」はヘブライ語の「ז(ザイン)」だけでなく、「צ(ツァディー)」の翻字としても用いられることがあります。

    英語表記 ヘブライ語文字 日本語翻字 音声学的背景・特徴
    Ja / Za יַ / זַ , צָ ヤ / ザ Y(ヨッド) / Z(ザイン) / Ts(ツァディー) に対応
    Ji / Zi יִ / זִ イ / ジ 母音 i の影響を受け、Y音が「イ」として定着
    Ju יוּ / יְהוּ ユ 半母音 y と母音 u の結合
    Je / Ye / Ze יְ / זְ / צְ エ / イ / ゼ シュワー(曖昧母音)によりY音が消失・母音化しやすい
    Jo יוֹ / יְהוֹ ヨ 「神の名(ヤハ)」を冠する名前に多い安定した翻字

    Ja(Za)=ヤ,ザ

    英語ヘブライ語日本語意味・備考
    Jahיָהּヤハ(ヤ)神の名前エホバの短縮形
    Hallelujahהַלְלוּיָהּハレルヤ「ヤハを賛美せよ」
    Elijahאֵלִיָּהוּエリヤ「わが神はエホバ」
    Jacobיַעֲקֹブヤコブ「かかとをつかむ者」
    Japhethיֶפֶתヤペテノアの息子
    Jairיָאִירヤイル「彼は光を放つ」
    Zarephathצָרְפַתザレパテ※頭文字はツァディー(צ)
    Zacchaeusזַכַּיザアカイ「清い」
    Zadokצָדוֹקザドク「義にかなった」

    Ji(Zi)=イ、ジ

    英語ヘブライ語日本語意味・備考
    Gehaziגֵּיחֲזִיゲハジ預言者エリシャの従者
    Jehovah-jirehיְהֹוָה יִרְאֶהエホバ・イルエ「エホバは備えてくださる」

    Ju=ユ

    英語ヘブライ語日本語意味・備考
    Judahיְהוּדָהユダヤコブの四男
    Judeaיְהוּדָהユダヤユダの地名形
    Jubalיוּבַלユバル創世記4:21
    JustusἸοῦστοςユスト※新約ギリシャ語表記

    Je(Ye,Ze)=エ,イ,ゼ

    英語ヘブライ語日本語意味・備考
    Jeremiahיִרְמְיָהוּエレミヤ「エホバが(高みに)上げられる」
    Jerusalemיְרוּשָׁלַיִםエルサレム「平和の基礎」
    Jerichoיְרִיחוֹエリコ「香りのする場所」
    Jesseיִשַׁיエサイダビデの父
    Jephthahיִפְתָּחエフタ「彼は開く」
    Jehuיֵהוּאエヒウ「彼はエホバである」
    Jezebelאִיזֶבֶלイゼベル※頭文字はアレフ(א)
    Zephaniahצְפַנְיָהゼパニヤ「エホバは覆い隠してくださった」
    Yehoshuaיְהוֹשֻׁעַエホシュアヨシュアの長記形。「エホバは救い」
    Jehoiakimיְהוֹיָקִיםエホヤキム「エホバは起き上がらせてくださる」
    Jehoiachinיְהוֹיָכִיןエホヤキン「エホバは堅く立ててくださった」
    Jehoahazיְהוֹאָחָזエホアハズ「エホバはとらえてくださった」
    Jehovah-shalomיְהֹוָה שָׁלוֹםエホバ・シャロム「エホバは平和」
    Jehovah-nissiיְהֹוָה נִסִּיエホバ・ニシ「エホバは私の旗ざお」

    Jo=ヨ

    英語ヘブライ語日本語意味・備考
    Josephיוֹסֵףヨセフ「ヤハが増し加えてくださるように」
    Jonathanיְהוֹנָתָןヨナタン「エホバは与えてくださった」
    Joelיוֹאֵלヨエル「エホバは神」
    Jonahיוֹנָהヨナ「鳩」
    Jothamיוֹתָםヨタム「エホバは完全であられる」
    Joppaיָפוֹヨッパ現代のテルアビブ・ヤッファ
    Jordanיַרְדֵּןヨルダン「流れ下るもの」

    (Y)ah=ヤ,ア

    英語ヘブライ語日本語意味・備考
    Isaiahיְשַׁעְיָהוּイザヤ「エホバによる救い」
    Hezekiahחִזְקִיָּהוּヒゼキヤ「エホバは強めてくださる」
    Josiahיֹאשִׁיָּהוּヨシヤ「エホバがいやしてくださるように」
    Zechariahזְכַרְיָהゼカリヤ「エホバは覚えてくださった」
    Obadiahעֹבַדְיָהオバデヤ「エホバの僕」
    Nehemiahנְחֶמְיָהネヘミヤ「エホバは慰めてくださった」
    Micaiahמִיכָיְהוּミカヤ「誰がエホバのようであろうか」
    Uriahאוּרִיָּהウリヤ「エホバは私の光」
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