Onoma.blogの特徴
江藤栄吉郎の「旧新約聖書」を譲り受けた時、「ヱホバ」という名前を使っていたことに驚きを隠せませんでした。鎖国でキリスト教を排除してきた歴史のある日本において、明治時代から聖書を深く愛した人たちがいました。Onoma.blog(以下、本サイト)は、聖書翻訳・歴史・考古学など、個人的に調査研究した資料の保管場所として、研究した時点での内容を備忘録としてまとめておくことを目指しています。そのような経緯から調査研究が進んだり、翻訳や文書の調整に気付いたりした時はコンテンツを随時、加筆修正していきます。掲載されている文書や画像などは全て無断転載、無断掲載することはなさらないでください。
神のお名前に着目したのは、旧約聖書中に固有名詞として最多の言及があり、ユダヤ人は長い歴史の中で大切にしてきました。イエス・キリストもユダヤ人であり、幼い時からユダヤ人として育ちました。旧約聖書の神を愛し、崇拝し成長していきました。(ルカ2:41-47)ユダヤ人の宗教指導者たちが旧約聖書の律法を曲解していた伝統については訂正していかれました。当時は神のお名前を使用しないことが伝統になっていました。
ONOMA (ὄνομα)とは、ギリシャ語で”名前”を意味する
イエスは死の直前に真剣な祈りをささげた中で、神のお名前が隠されていたので、弟子たちに「明らかに」されました。(ヨハネ17:6)誰よりも神のお名前の意味や、正確な発音を知っておられたので、弟子たちに「知らせ…これからも知らせ」ると述べておられます。(ヨハネ17:26)
イエスの弟子たちの多くはユダヤ人でした。ペテロは割礼というユダヤ人の伝統を守らなくなる際に、最初は躊躇しました。パウロは、かつてはユダヤ人の律法を厳格に守る側の人で、クリスチャンを迫害している側でした。とはいえ宣教に役立つのであれば、当時、入手できたさまざまな聖書写本を使用したはずです。(コリント第一9:20-23)
使徒たちの後の時代、西暦2世紀には多くの聖書写本から、神のお名前が除かれていました。その後、ラテン語のウルガタ訳が用いられるようになりました。神のお名前を初めて英語に訳されたのが、西暦1382年ごろのことで,ジョン・ウィクリフとその仲間たちが,世界初の英訳聖書を完成させました。ウィリアム・ティンダルは、西暦1530年に聖書の最初の五書の中で、「イェホゥア」(Iehouah)というスペルを使いました。その流れを汲んで、西暦1611年ジェームズ王欽定訳は、神様のお名前を4箇所”JEHOVAH”(エホバ)と訳しました。しかし今日の多くの聖書は、神様のお名前を使ってはいません。
神のお名前について調査してみると面白い事実が分かってきました。日本語訳聖書に、神のお名前が旧約聖書および新約聖書にも訳出している聖書があるのです。神さまの本名に特化して研究していくと膨大な資料があって、個人的に情報を整理するために本サイトを立ち上げることにいたしました。
マタイ・マルコ・ルカ・ヨハネ・使徒などの聖句中に、神のお名前を訳出している聖書翻訳を比較できるようにした
本文批評が繰り返される聖書
本文批評(ほんもんひひょう)とは、ある文書の現存する写本や古刊本から、理論的に可能な限り、その文書の元来の形の再構成を目指す作業を指しています。本文批評の目指すところは、「聖書筆者たちの記述した元来の形に再構成すること」ということになります。今日までに発見された膨大な聖書の写本群を丹念に修復し、比較検証を繰り返し、ソースとなる本文批評が更新されてきました。ちなみに高等批評(こうとうひひょう)は、文学分析の一分野で、文書の起源の批判的調査を指しています。
底本(ていほん)とは、翻訳や校訂の基準となるものです。新約聖書は、グリースバッハのギリシャ語定本(1774年)があります。ベンジャミン・ウィルソンのエンファティック・ダイアグロット訳(1864年)にギリシャ語本文として掲載されています。B・F・ウェストコットとF・J・A・ホートによる「ギリシャ語原語による新約聖書」(1881年)は、「ギリシャ語聖書王国行間逐語訳」(1985年)に掲載されています。ネストレ・アーラントの「Novum Testamentum Graece」(1898年、2026年の最新は第28版)が有名です。
いずれも神様のお名前の部分は「主人」という意味の(Κύριος, キュリオス)と表記しています。そして多くの聖書翻訳は「神、主」と訳しています。もともと「神」を意味する(Θεός, テオス)も「神」ですから、文脈や接頭大文字などによって見分けるようになっています。ちなみにΘεόςの前に冠詞がある場合 (ὁ θεός, τὸν θεόν)と、冠詞が無い場合では訳し方が異なります。
旧約聖書は、ルドルフ・キッテルのビブリア・ヘブライカ(Rudolf Kittel’s Biblia Hebraica; BHK)が1906年に編纂を開始しました。特徴となるのはマソラ本文として知られれるレニングラード写本を複製し、その脚注に異なる訳の写本を追加しているところです。その膨大な作業をビブリア・ヘブライカ・シュトゥットガルテンシア(Biblia Hebraica Stuttgartensia; BHS)が更新しました。その第5版として、その作業を引き継いでいるビブリア・ヘブライカ・クインタが(Biblia Hebraica Quinta; BHQ)2026年現在も編纂中となっています。
これまでBHKとBHSは多くの聖書翻訳の主要なソースとして用いられてきました。この本文には、神様のお名前であるヘブライ語の4文字(יהוה;テトラグラマトンと呼ばれる)が、6,828回用いられています。多くの聖書翻訳は、西暦前3世紀頃のユダヤ教の慣習に従って「主」と置き換えられています。
神様のお名前ー聖書別登場数ー世界一は?

ところが大変驚くべきことに、1887年(明治20年)に、旧約聖書の日本語への翻訳を完成した「舊新約全書」(1887年)ですが、神様の名前を「ヱホバ」と訳しています。初版でないので若干の相違がみられるかもしれませんが、数えてみたところ「ヱホバ」を7,331回ほど使用していることが分かりました。これまでに翻訳された聖書の中で、世界で一番、神様のお名前を使用している聖書であると言えます。
この翻訳は、当時日本在住のプロテスタント宣教師たち(長老教会、改革派教会、メソジスト教会、バプテスト教会、英国聖公会宣教協会、イギリス海外福音伝道会など)と、12名の日本人委員(日本組合基督教会、日本基督教会、会衆派教会、改革派教会、メソジスト教会など)が翻訳作業に携わられました。
本サイトでは、この発見を軸に調査を深めました。一番回数の多い詩編全体(5巻、全150編)において、BHSのYHWH(יהוה)は569回です。ヤハ(יָהּ)は約 43回 (YHWHの短縮形)、アドナイ(אֲדֹנָי:主)は約 65回、エロヒム(אֱלֹהִים:神)は約 365回です。
一方、日本国内の明治から昭和初期にかけての翻訳は、BHSの回数よりもかなり多く「ヱホバ・ヤーヱ・ヤウヱ」と翻訳されています。明治元訳(1887年)は、862回「ヱホバ」と訳していますが、原典が「アドナイ(主)」や「エロヒム(神)」の箇所も、文脈上それがYHWHを指していると判断した場合は、積極的に「ヱホバ」と翻訳しました。
左近義弼訳(1909年)は650回「ヤーヱ」と訳しています。メソジスト教会の牧師であり、旧約聖書学者であった左近は、明治元訳が「アドナイ(主)」や「エロヒム(神)」を勝手に「ヱホバ」と訳し変えていることを批判しました。それでも「主」に置き換えるのではなく「ヤーヱ」と訳しました。原典通り「主」「神」と訳し分けました。短縮形「ヤハ(יָהּ)」もすべて「ヤーヱ」と訳しています。
湯浅半月訳(1937年)は、666回「ヤウエ」と訳しています。日本基督教団の牧師である湯浅吉郎は、湯浅半月として聖書翻訳を行いました。湯浅訳は、左近訳と同様に「ヤハ」を「ヤウエ」と訳した(ハレルヤ=ヤウエを讃めまつれ)だけでなく、日本の伝統的な詩の定型(五七調や七五調)に合わせるため、主語としての「ヤウエ」を大胆に補足しました。
詩篇における四訳比較した時の合計数をまとめると、明治元訳「ヱホバ」が862回 。左近義弼訳「ヤーヱ」が650回 、湯浅半月訳「ヤウエ」が666回、BHS 原典「יהוה」が569回となっていました。(2026年5月の第1回目の研究時点)
・詩編第1巻・詩編第2巻・詩編第3巻・詩編第4巻・詩編第5巻
1931年から「エホバの証人」(Jehovah’s Witnesses)という名称を採用しています。イザヤ43:10に基づく「あなたたちは私の証人である」が名称の由来となっています。神様のお名前を使用していることで有名な「新世界訳聖書」を発行し、聖書本文に厳密に近づけることに力を注いでいます。写本を繰り返す中で入り込んだ、明らかな間違いを加筆修正しています。神のお名前に関しては、BHKとBHSより151回ほど多い、6,979回「エホバ」を使用しています。(詩編に関しては、新世界訳1984年版/2026年版:809回/749回)
バプテスト教会のネイサン・ブラウンの「引照新約全書」の改訂版(1906年)には、「主」のルビとして「エホバ」「ヱホバ」が150回以上使われています。カトリックによる翻訳者として知られる渋谷 治訳の「創世記」(昭和16年、1941年)では、「天主」「ヤハエ」と訳出しています。無教会派の関根正雄訳では「ヤㇵウェ」と訳しています。長老派教会の宣教師ジョージ・ペック・ピアソンとアイダ・ゲップ・ピアソンは「略註旧新約聖書」の脚注の中で「ヱホバ」を使用しています。このように本サイトでは、神のお名前を保存することに力を注いできた聖書翻訳や歴史にフォーカスしていきます。
ジェームズ・ストロング(1822-1894年)は、Strong’s “Exhaustive Concordance of the Bible”の中で聖書中の単語に分類番号を付けました。(エホバ:H3068 – yᵊhōvâ ;イエス:G2424)
Strong’s Greek and Hebrew Dictionaries (1890)
左近義弼訳による新約聖書
左近義弼訳に興味を持ったのは、底本となる新約聖書のギリシャ語本文にはYHWHが含まれていないにも関わらず、旧約聖書からの引用箇所に「ヤーヱ」を使用していたからです。「耶蘇伝 新約聖書」左近義弼訳では、神様のお名前を56回本文中で「ヤーヱ」と表記しています。「耶蘇教の初代-使途行伝」も「ヤーヱ」と訳しています。新約聖書の筆者たちが、旧約聖書の言葉を数多く引用しており、その引用聖句の中に、YHWHが含まれている場合に「ヤーエ」と訳しています。
明治時代に福沢諭吉から学び、その後、著名な日本の聖書学者であり聖書翻訳者となった左近義弼は、1905年以降、聖書翻訳を始めました。青山学院の教授(1907年-1937年)として活動される中、「マタイの伝へし福音書」博文館(1907年)、「詩篇」聖書改訳社(1909年)、「創世記」聖書改訳社(1911年)、「耶蘇伝 新約聖書」編訳 聖書改訳社(1914年)、「耶蘇教の初代-使途行伝」訳編 聖書改訳社(1919年)を翻訳しています。
当サイトで使用している聖書や参考文献
聖書
1.分かりやすい現代語翻訳なので、新世界訳聖書(2019年改訂版)を引用しています。神様のお名前を「エホバ」と翻訳しています。
2.ギリシャ語表記の部分は基本的に「The Kingdom Interlinear Translation of the Greek Scriptures」の中の、ウェストコットとホートによる「ギリシャ語原語による新約聖書」 (The New Testament in the Original Greek,1881)を引用しています。この聖書は行間逐語訳となっており、英語部分は新世界訳聖書(1984年版)が用いられています。
3.ヘブライ語表記の部分は、ビブリア・ヘブライカ・シュトゥットガルテンシア(Biblia Hebraica Stuttgartensia; BHS)を引用しています。
4.Diaglot訳
5.ジェームズ王欽定訳
6.「舊新約全書」日本聖書協会発行を使用しています。1887年(明治20年)版を使用している場合とその後の版が混在しています。
7.左近義弼の翻訳による聖書。神様のお名前を「ヤーエ」と翻訳しています。
8.湯浅半月の翻訳による聖書。神様のお名前を「ヤウエ」と翻訳しています。
9.渋谷 治の翻訳による聖書。神様のお名前を「ヤハエ」と翻訳しています。
10.関根正雄の翻訳による聖書。神様のお名前を「ヤㇵウェ」と翻訳しています。
参考文献
執筆中2026.05.24
