口語旧約聖書と現行訳との比較――その相違
書名
現在の書名は漢訳聖書によったもので、この際もっとわかりやすい名に改めようという意見もありましたが、これはあたかも六十八歳になった老人が改名するようなもので、是非改めねばならぬほどの重要問題でもなく、また代るべき適当な名称もなかったので、大体現在のままとなりました。ただし歴史的文書は〇〇記とし(列王紀、歴代志は例外)、前書、後書は上下と改め、預言書は〇〇書とし、その他は現在のままとしました。
神の名
口語の旧約を現行訳と比較して最も著しい相違は神の名「エホバ」が全部「主」と変ったことであります。この変更は前の改訳の際に委員会において決定され、一九五〇年十二月に出版された改訳ヨブ記に用いられ、次いで詩篇にも用いられたので、今さらその理由を説明する必要もあるまいと思われますが、長い間用いられた「エホバ」を変えることに、なお疑惑をいだかれる方もあろうかと察せられますから、一応その理由を申しあげておきます。
これまで「エホバ」と訳された神の名をあらわすヘブル語は四つのヘブル子音から成るもので、旧約原典マソラ・テキストでは六八二三回用いられております。しかし、この語はモーセの十誡(出エジプト記二〇の七)およびレビ記二四の一一、一六などの言葉によって、古来何人も口にすべからざる神聖なる名として、その発音が禁ぜられてありました。そこで後世のマソラ学者たちが現在のマソラ・テキストを編集したとき、この語にふた通りの母音記号をつけて読ませることにしました。マソラ・テキストではこれを「ケリー」といって、書き方と違った読み方を指定したものです。その一つは四つのヘブル文字に「アドーナイ」の母音をつけて、アドーナイ(主)と読ませ、他の一つは「エローヒーム」の母音をつけて、エローヒーム(神)と読ませることにしました。前者は六八二三回のうち六五一八回、後者は三〇五回です。
なぜ同一語を二様に読ませたかというと、ヘブル原典には、しばしば神の名をあらわすこの四文字の直前また直後に、神に対する尊称である「アドーナイ」(主)という語がついています。このような場合に神の名を「アドーナイ」と読めば、「アドーナイ」が二つ重なるので、それを避けるために、神の名をあらわす子音に、違った母音記号をつけて、「エローヒーム」(神)と読ませることにしたのです。
ヘブル語の発音からいえば、第一の場合は「エホヴァ」と発音し、第二の場合は「エホヴィ」と発音するのが通例ですが、それをしいて「アドーナイ」および「エローヒーム」と発音させたのは、言うまでもなく以上に述べた理由からです。
ところがこれを全部「エホヴァ」すなわち「エホバ」と読むようになったのは一五二〇年ガラテヌスの主唱以来であって、現行訳がこれを用いたのは、おそらく古い漢訳その他にならったものでありましょう。しかし、これは明らかにヘブル原典の本旨に反するばかりでなく、読者をして「エホバ」を神の本名であるかのように誤解させるおそれがあるので、聖書としては、このような読み方はできるだけ避くべきであると思います。
近代の旧約学者は、神の名のほんとうの発音について種々研究の結果、「ヤハヴェー」と発音することに、ほとんど一致しているようです。それならこの際「エホバ」を「ヤハウェ」と改めてはどうかという意見もありますが、聖書の研究や学術論文または私訳などにこの名を用いることは別として、礼拝に読まれる聖書にこれを用いることは、聖書みずから聖書の戒めを破ることになるので、これもまた避くべきであると思います。
上に述べた理由から委員らは慎重考慮の結果「エホバ」を「主」と改めることに決定したものでありますが、これを少し具体的に申しあげますと、まず原則としてマソラ・テキストのうち、神の名をあらす四文字に「アドーナイ」の母音がついているものは「主」と訳し、「エローヒーム」の母音がついているものは「神」と訳すことにしました。したがって現行訳の創世記やエゼキエル書にしばしばあらわれている「主エホバ」は、マソラ・テキストでは「アドーナイ・エローヒーム」と読ませているので、「主なる神」と改め、また詩篇六八の二二(日本訳では二〇節)のように「エローヒーム・アドーナイ」と読ませているものも同じく「主なる神」と改めました。またイザヤ書一二の二にある「主エホバ」の原語は「ヤハ・アドーナイ」であり、出エジプト記三三の一七、三四の二三にある「主エホバ」は「ハアドーン・アドーナイ」でありますが、これも同じく「主なる神」と改めました。その他アモス書五の一六の「主たる万軍の神エホバ」は「主なる万軍の神、主」に、同九の五の「主たる万軍のエホバ」は「万軍の神、主」と改めました。(この部分はかつて聖書と日本第六巻三号に書いたものの摘録)
補足
「口語旧約聖書」(Bible, Colloquial Japanese)日本聖書協会による翻訳聖書で、1955年(昭和30年)までに完成した。
