詩篇(1909年,左近義弼訳)緒言
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三六 詩篇中の聖名。
(ア)ヤー ェ。 この聖名は舊約聖書中に 六千八百二十三度 用ゐられてゐる。 從來 この聖名の「ヱホバ」と誤唱せられた理由は 抑も この「ヤー ェ(無窮の存在者) 」と云ふ聖名を口にするは 誠に恐れ多い事として 筆には「ヤー ェ」と書きながら 口には「アドナイ(主) 」と唱へたのが 後世に成つて 途方もない滑稽な渾名の様な「ヱホバ」と云はるる次第に成つた。紀元前五百八十六年のバビロニヤ捕囚より 選民は 亡國の民と成ると共に ヒブリ語も 死に果てて、往昔より神聖なるものとして 尊まれた言語は 少數の教育ある人人の間にのみ保存せられた、夫より幾世紀にして その聖書さへも 古の如く正確に誦唱せられぬ様に成るに連れて 第一に聖徒の心を痛めたのは この聖名の唱へ方であつた。聖名を書いてままにして置けば「ヤー ェ」と唱へて 誰も「アドナイ」と呼ぶ者が無い事は當然である、さて 如何にして「アドナイ」と唱へさせやうかと隨分苦心したのであつて、その工風の結果 まづ「ヤー ェ」と云ふ語を綴る子音文字に「アドナイ」と云ふ語を發音させる母音記號を加へて、爰に實は「ヤー ェ」と書いてはあるが 之は「アドナイ」と唱ふべきものであると示した積りであつた、その趣は 丁度「豊臣秀吉」と書き乍ら尊敬 の餘り 之を「トヨトミとよとみ ヒデヨシひでよし 」とは云はずして 時の尊號「太閤様」と唱 へ、かく 己の唱へし通りに後の子弟にも傳へやうと思ひて「豊臣秀吉タイカウサマ 」に「タイカウサマ」と振假名を附けて置いたのが 後世に成つて「豊臣秀吉」の四字が實際「タイカウサマ」と云ふ字音・字義のものと誤解せらるるのと一様である。勿論 今日「ヱホバ」と云へば 英語でも日本語でも一般の通り名に成つてるけれども その字義上よりすれば 全く無意味である、けれども「ヤー ェ」と云へば 自然に「無窮の存在者」と云ふ莊嚴な印象を心に深く徹せしむるのである。
(イ)ヤー 。 この聖名は:ヤー ェを縮めたもので、始めて 出埃及記一五の二に 見える、主に 詩に 用ゐられてる。舊約聖書中に 五十度程用ゐられてる。
(ウ)エ ル。 この名の字義は「強き者」である、舊約聖書中に 神を指して 此 語が二百十七度 用ゐられてある、其他天使や・大なる事物を現すに八十五度用ゐられてある。
(エ)エ ロヒム。 エ ロヒム(神) は實際は複數である、神・天使・裁判官等にも用ゐられたる名である。この名が 詩に用ゐられてあるのは單數で「エロア」である。この名の單複數或は他の聖名と合せ用ゐられてるのが舊約聖書中に三千度位ある。詩篇の内に エ ロヒムを用ゐてある詩は (い)コーラ集からのが 四二――四八、四九(?)である、此等の中に エ ロヒムが三十六度ある。 (ろ)ダビデ集からのが 五一――六五、六八――七〇、七二である、此等の中に エ ロヒムが百二度ある。 (は)アサフ集から 保存せられた詩(五〇、七三――八三)が 凡て エ ロヒム集にも轉載せられてある。此等の中に エ ロヒムが 四十度ある。 (に)孤兒詩(六六、六七、七二)に エ ロヒムが 十八度ある。
(オ)ア ドナイ。 ユダヤで用ゐられた聖名「ア ドナイ(主) 」は 北方イスラエル で用ゐられた聖名「バアル(主) 」と 同一である。 (カ)セ バオス。 この聖名「セバオス」は 始め イスラエルの軍隊の事であつたが、次にエジプトやアッシリヤやバビロニヤの軍隊をも含み、次に天の日月星辰を含めて云ふ大衆或は萬軍となつた。
(キ)エ ルヨン。 この聖名「エルヨン(最高者) 」は 神にも・天使にも・王にも當てられてある。
(ク)シ ャダイ。 シ ャダイは 大能者との義である。
左近義弼について
左近義弼訳について
左近義弼(1865-1944, 慶応元年-昭和19年)は、青山学院の教授で日本の聖書学者、聖書翻訳者。1892年からドルー神学校で、James StrongやRobert W. Rogersに師事してヘブライ語とギリシャ語を学ぶ。ユニオン神学校で、F. Brown, C. A. Briggs, C. P. Fagnaniらに師事し、聖書原語を学ぶ。E.C. MitchellやW.R. Harperからの指導も受ける。メソジスト派の牧師。1904年頃から和訳を始め内村鑑三の「聖書之研究」の中で「ロマ書」(1905年)などが掲載され、その他の雑誌にも投稿されている。
単行本としては、「マタイの伝へし福音書」博文館(1907年)、「詩篇」聖書改訳社(1909年)、「創世記」聖書改訳社(1911年)、「耶蘇伝 新約聖書」編訳 聖書改訳社(1914年)、「耶蘇教の初代-使途行伝」訳編 聖書改訳社(1919年)、「ヨハネのつたへし福音書」第一書房(1942年)がある。
「詩篇」、「創世記」、「耶蘇傳 新約聖書」、「耶蘇教の初代ー使途行伝」に、「ヤ ーヱ」や「ヤウヱ 」の形で、神のお名前を使っている。
出展: 近代文献人名辞典 (β) ページの版番号: 20961
羅馬書改譯私案
羅馬書改譯私案
初めの三章
在米國 左 近 義 弼
第一章
(一)-(七) 神の福音をのべ傳ふべく選ばれ、召れて使徒となり、イエスグリストの奴隷たるパウ
ロ、ロマに在りて神に愛いつく しまれ、召れて聖徒せいと となれるすべての人々をおとなふ、願はくは我等の父なる神及び主イエスグリストの恩寵めぐみ と平安やすき と爾等なんぢら にゆたかならんことを。抑もこの福音は、彼の子我等の主イエスグリストにつきて古いにしへ より聖経の中に既に豫言者たちに依て誓はれたるものなり、彼は肉體によればダビドの裔すゑ より生れ、聖徳せいとく の霊性によれば死より更生よみがへ りて奇くし しくも神の子たること顕はれたり、われら彼によりて恩寵と又萬の國民をして信仰に従がひ彼の名をあがめしむべき使徒たるの職とを受けし者なり、爾等なんぢら も亦此等の國民の中に共に召されてイエスグリストの者たるなり。(八) 我われ まづ爾等なんぢら すべてにつきイエスグリストに依り第一にわが神に感謝せざるを得ざるは爾等の信仰が全世界に打傳うちつた へられることとなり (九)-(十) われ常に祈るごとに、何れの日か終つひ に神の聖意みむね に適かな ひて爾等に訪ね遇あ ふべき道の開けかしと請求こひもと め、かつ断た えずわれ如何に爾等に懐念おもひ を注ぎをるかは彼の子の福音をのべ傳ふることに心をつくして我が崇あが め事つか ふる神こそわが證あかし 者なり (十一)-(十二) そはわれ爾等をして更に堅く立しめんとて或る霊の賜たまもの を爾等に頒わか ち與あた へんと欲す、否むしろわれ爾等と共に各自の信仰に依り相互に慰さめ勵まされんが爲め爾等に見えばやと思ひ焦こが るゝなり (十三) 同胞はらから よわれ他の國民の中にわが努力の果み を収めし如ごと く爾等の中にも亦或る果み を得んがためわれ會かつ て爾等の許に到いた らんと幾度か思ひ立ちしかども妨げられ、ひいて今に及べるを全く爾等に知られざるを欲せず (十四) およそグリキ人にも異邦人にも智かしこき 者ひと にも愚おろかなる 人ひと にも我は盡すべき義務つとめ を有す、(十五) 故にわれ今や又爾等ロマに在る人々にも福音をのべ傳へんと欲す (十六) 我は敢て福音をのべ傳ふるを耻はじ ず、如何となればこの福音はユダヤ人を始めグリキ人に至るまですべて信ずる者を救に入らしむる神の能力ちから たればなり (十七) 則ち「義人は信仰に依て生くべし」としるさるゝが如く信仰より信仰に進みて神の義はこの福音に顕はれをれり。(十八) それ神の怒いかり は、不義を以て眞理を阻はば める人々の不虔不義に逆らひて天より示さる (十九) そは神につきて知り得べきことは神親みづか らこれを示し給ひて悉く彼等に顕明あきらか にせられたり (二十) 則ち世の創はじ 造まり より以来見能はざる神の無限の能力と神性とはすべての造られたるものに於てさとらるべく明かに現はさるれば人々如何でか言ひのがれ得べき (二十一) 如何となれば彼等すでに能く神を知りながらなほ神として崇めず感謝せず反つて己の冥想に迷ひ愚なる心を闇くら まし (二十二) 自ら智者と稱して反つて愚者となり (二十三) 朽くち ちはつべき人鳥獣蛇等の像に似あやか らせて朽ちはてざる神の榮光をかへたり。(二十四) 故に神は彼等を見すてゝ己等が心の邪慾を縦肆ほしいまま にし相互に身を辱しむるの汚穢に打任し給へり (二十五) かく彼等は神の眞理を虚偽にかへ造り主を疎うと んじ反つて造られたる物を崇め奉りて額ぬか づきつかへたり「アゝ世々に頌ほむ べき者は神なりアーメン」。 (二十六) 此これ によりて、神は耻はづ べき情慾のまにゝゝ彼等を見すて給ひたり、蓋けだ し彼等の中には婦女さへも身の順性の用を顧みず漫みだ りに變かへ て逆性に用ひ (二十七) 傍ら男子も亦婦女順性の用をすてて相互に嗜慾を燃し立て男と男と耻べき行をなして、當に悖戾よししま に應ずる刑酬を己が身にうけ得たり。 (二十八) 彼等念頭こゝろ に神を存するをも拒みければ神も、亦彼等が邪僻よししま なる志を懐いた させてなすまじき事をなすがまゝに見棄給ひたり (二十九) 彼等あらゆる不義惡慝貪婪暴狠を逞たくまし うし、彼等の生涯は妬忌凶殺爭闘詭譎肆毒にて滿々たり (三十) 彼等は又讒害毀謗神を恨み侮慢驕傲自誇する者となり新たに惡端わるしな を企くは だて親にそむき (三十一) 頑梗背約不情不慈なりし (三十二) かくておよそ此等の不徳を犯す者は當に死に處しよ せらるべき神の聖勅おほせ を知り乍ら、唯に彼等自ら行なふのみならず猶又之を行なふ者をも稱揚ほめはやし するなり。
第二章
(一) これ故におよそ何人にても判責せめさばき を事とする者よ、爾決して自ら辯解いひわけ するに由なし、爾他人を判責するは正しく己を詰なじ り罪するなり、そは爾他人を判責しながら自ら亦同じく其等の事を行なへばなり (二) 神の審判さばき は何人を論ぜずすべて斯る事物を行なふ者を誤りなく罰することは我等の能く知れるところなり (三) 此等の事物を行なふ者等を判責しながら自ら同じ罪を犯す人よ、爾のみ特に神の審判を免かれ得べしと思ひ定むるや (四) 或は神の仁慈いつくしみ は爾を悔改に導びくものなるを辨へずして、神の豊厚ゆたか なる仁慈寛宥恒忍をなみするや (五) なむぢ剛愎かたくな にして悔改の心なきまま神の義しき鞠さばき の判官さばきて として顕はれ出づる、震怒いかり の日に至るまで、神の怒を己の為めに自から積かさね居るなり (六) 神は當に各自の行爲おこなひ に應じて報い給ふべし (七) 堪忍びて善を行なひ榮光と尊貴と諸の朽ちはてざるものとを求むる者等には永生を與へ給ふべけれども (八)-(九) 黨争を好み眞理に従がはず不義に従がふ者等に關くわん し、先づユダヤ人を始めグリキ人に至るまでおよそ悪を行なうて止ざる者には常に忿恚激怒患難窘苦のみ附き纒まと ふべし (十)-(十一) されど神に偏視かたより なければ先づユダヤ人を始めグリキ人に至るまで、すべて善を行なふ者には、榮光尊貴平安つねにゆたかなるべし (十二) すべて律法おきて なくして罪を犯せる人々は律法なくして亡ぶべけれども、すべて律法の下にありて罪を犯せる人々は必らず律法に照てら されてさばかるべし (十三) 律法を聞き く計りにては誰も神の前に義とせられざるべし、たゞ律法を守る者等のみ義と見らるべし (十四) それ律法なき異邦人も、もし、本性のまゝ律法に載のせ たるところを守りなば假令律法なしと雖も彼等自ら己の律法たるなり (十五) かく彼等良心の共に證するところ、思慮おもひ の中に或は己を譴責し或は己を辯解し、正しく心の銘まさ せる律法の要する工はたらき を彰明あらハ せり (十六) さればわがのべ傳ふる福音にいへる如くイエスグリストに依て神は人々の隠ひめ 微ごと をさばくべき日に (必らず偏視なくさばき給はん)。(十七)-(二十) もし爾ユダヤ人なりと稱し律法を恃たのみ とし、神に屬ぞく せる者なりとほこり、神の聖旨を知り律法より学び得て至善を辨まへ、かつ律法に於て悉く智識及び眞理の模範を有せるを以て自ら盲人の導士、暗黒に居る者の光、愚なる者の傳、童蒙ふわらべ の師なりと信じなば (二十一) 何故に爾他人を教へながらなほ己を教へざるか、「ぬすむ勿れ」とのべ傳へながら爾なほ自らぬすみみなすか (二十二) 「姦淫する勿れ」と戒しめながら爾なほ自ら姦淫するか、諸の偶像をにくみながら爾なほ自ら廟みや を掠かす めなすか (二十三)なむぢ律法に於て誇りながらなほ自らその律法を破り、以て神を辱しめなすか (二十四) 則ち「神の名は異邦人の間に爾等に依てけがされたり」としるさるゝが如し (二十五) 爾もし能く律法に従がひなば實げ に割禮は功あり、されど爾もし律法を破りなば爾の割禮は既に無割たるなり (二十六) 故に無割の者ももし悉く律法の要するところを守りなば、彼の無割豈割禮の功なしとせらんや (二十七) それ本性のまゝ無割にして而も能く律法を全うする者、夙つと に儀文と割禮とを持ちながらなほ律法を破る爾をさばくべし (二十八) そは外貌みえ のみのユダヤ人は眞のユダヤ人に非ず、又肉にく にある外部の割禮は眞の割禮にあらず (二十九) 眞のユダヤ人は内部のユダヤ人、眞の割禮は儀文に基かず、霊れい における心の割禮なり、斯る者こそ人よりにあらず、神よりの稱讃を得るなり。
第三章
(一) 然らば果してユダヤ人たるの益は何ぞや、又割禮の功は何ぞや (二) 諸の點に於て甚だ益多おほ し、先づ第一に彼等は神の詔みことのり をゆだねられたり (三) されど或る人々の信ぜざりしを如何、彼等の不信あへて神の信を廢はい すべきか (四) 決して然らず、則ち「爾の陳る言をして義とせられ爾さばかるゝ時に勝を得んが爲なり」としるさるゝが如く、假令すべての人を偽とするも必らず神を誠とすべき。(五) されどもし我等の不義更に著しく神の義を顯はすとせば我等は何といふべきか、罰を加へ給ふ神は不正なるか〔こはわれ人(の風よう )によりていふのみ〕 (六) 決して然らず、もし果して然らば神は如何にして世をさばくべきか、 (七) されど、もし、わが偽に依て神の眞ますく神の榮光を顯はせりとせば、何を以て、我も亦他の人々と共に、なほ罪人としてさばかるゝや、 (八) 猶かつ何故に、我等、或る人々に依て恰も我等が斷言せるやに讒そし り傳へらるゝ如く「善を來らせんが爲に我等をして悪をなさしめよ」といひ能はざるか、宜うべ なるかな斯る人々の罰せらるゝとや。(九) 然らば如何、我等聊かにても他に勝れるか、否々、そはユダヤ人もグリキ人もなべて罪の下にあることは既にわれ等が宣言せるところなり (十)-(十八) 即ち「〇一人だに義人あるなし〇明達者なく、神を求むる者なし〇万人擧みなこそ つて道を外はづ れ、全く腐れはてたり、善をなす者なし、一人だにあるなし〇彼等の喉は則ち開あぎ かれたる墓、彼等は舌を以て欺むき、唇の内に蝮の毒を藏かく せり〇彼等の口は呪いかみ と苦とにて充ち〇彼等の足は血を流すに迅かに〇彼等の途には殘害苦難並び横はれり〇彼等は平安なる道を知らず〇神の畏彼等の目前にあらず」としるさるゝが如し (十九) それ衆くち は噤められ、又全世界をして悉く神のさばきに歸せしめんが爲に律法の示せるところは万事律法の下にある者に命ずるものなることは能く我等が知るところなり (二十) 如何となれば律法に基づける行爲にては何人も決して神の前に義とせられざるべし、そは律法はたゞ罪の罪たるを更に明かに示すのみなればなり。 (二十一)-(二十二) されど律法と豫言者等とに依て證せられて今は 全く律法の外に更に神の義は顕著にせられたり 則ち此はすべての信ずる者等に何等の差別なく、單にイエスグリストに於ける信仰を通じて與へ給ふ神の義なり (二十三) そは人々みな既に罪を犯して神の榮光を欠けども (二十四) 彼等は神の恩寵に依りグリストイエスにおける贖を通じ功なきまゝに義とせらるゝなり (二十五)-(二十六) 則ち神は寛宥を以て往古より既に罪を犯せる人々を見のがせし所以、かつ神の義の證明たらしめんが爲に、再言すれば、親みづか ら神の義を損はず合せてイエスを信ずる者をも義と稱せんが爲に、彼の血における信仰を通じて復和やハらぎ の祭物となし、今や神の義の證明としてグリストイエスを標立し給ひしなり(二十七) 然らば我等の誇るところ何處にありや、全く絶れたり、如何なる法に依てか、行爲の法にてか、否然らず、信仰の法にてなり (二十八) そは我等熱々ねんごろ 惟おもふ るに、人は律法の行爲によらず、信仰に依て義と稱せらるべきければなり (二十九) さるにても神はたゞユダヤ人のみの神なるか、等しく異邦人の神には非ざるか、然り彼は又異邦人の神なり (三十) そは信仰より生ずる割禮をも、亦同じ信仰に歸依きえ せる無割をも、義と稱する神は唯一なればなり (三十一) 然らば我等此の信仰を以て律法を廢するか、決して然らず、反つて我等は堅く律法を建設するものなり。
「聖書之研究」内村鑑三 「新希望」第9巻70号(明治38年12月10日)掲載
「創造」(1929年)に「左近義弼」が掲載
「創造」J.F.ルサフォードの第5章「聖書存在の目的」の最後に翻訳者明石順三が「日本語訳の歴史」を加筆挿入しています。その中に「左近義弼」が紹介されています。
日本語譯にほんごやくの歴史れきし
尙な ほ最古さいこ の日本語譯にほんごやく の歴史れきし に就つ て見み るに最初さいしよ のものとしては西暦せいれき 一八三七年(天保てんぱう 八年)にグツラフ人びと のカルラフなる人ひと が新約全書しんやくぜんしよ を飜譯ほんやく し、新嘉坡シンガポール に於お て木版もくはん を以もつ て印刷出版いんさつしゆつぱん したが其そ の譯語やくご は全然混亂ぜんぜんこんらん されたるものである。次つ でウヰリアムス博士はかせ が一八三八年(天保てんぱう 八年)頃ころ に那覇なは に滯在中たいざいちゆう に創世記さうせいき とマタイ傳でん とを飜譯ほんやく したが、一八六七年(慶應けいわう 三年)に草稿さうかう のまゝ燒失せうしつ して了つ つた。一八五四年(安政あんせい 元年)頃那覇なは に滯在たいざい してゐた醫師博士いしはかせ ベッテルハイム博士は新約全書しんやくぜんしよ を當時たうじ の琉球語リフキフゴ に飜譯ほんやく し、翌よく 一八五五年(安政あんせい 二年)に日本語にほんご を以もつ てルカ傳でん を出版しゆつぱん した。尙な ほベッテルハイム博士はかせ の譯やく した四福音書しふくいんしよ と使徒行傳しときやうでん は一八五八年(安政あんせい 五年)に英蘭聖書協會えいらんせいしよけふくわい の手て により香港ホンコン で木版もくはん を以もつ て出版しゆつぱん した。
一八六五年(慶應けいわう 元年)からエス・アール・ブラウン博士はかせ が四福音書しふくいんしよ の飜譯ほんやく に着手ちやくしゆ したが、その草稿さうかう は一八六七年(慶應けいわう 三年)の火災くわさい で燒失せうしつ した。一八六九年(明治めいぢ 二年)にサン・パアダム博士、パアダム夫人が三福音委員會さんふくいんゐいんくわい を以てマタイ傳を飜譯し、又タムソンが創世記を飜譯した。
一八六四年(元治ぐわんぢ 元年)にジヨナサン・ゴーゴルが福音書ふくいんしよ と使徒行傳しときやうでん の飜譯ほんやく に着手ちやくしゆ したが、そのマタイ傳でん 一八七二年(明治めいぢ 四年)に平安へいあん の木版もくはん にて出版しゆつぱん されたが、之こ れが日本内地にほんないち に於お て最初さいしよ に出版しゆつぱん されたる聖書せいしよ の一部いちぶ である。
一八七〇年(明治めいぢ 三年)にヘボン博士と奥野昌綱をくのまさつな の援助えんじよ によつて四福音書しふくいんしよ を飜譯ほんやく し、一八七二年(明治めいぢ 五年)にマコ傳でん とヨハネ傳でん 、翌よく 一八七三年(明治めいぢ 六年)にマタイ傳でん を出版しゆつぱん した。一八七二年(明治めいぢ 五年)に日本にほん に在留ざいりふ する新教各派しんけふかくは を代表だいへう する外人宣教師ぐわいじんせんけふし に依よ て、聖書委員會せいしよゐいんくわい が組織そしき され、五箇か 年と六む ヶ月げつ を費つひ して一八七九年(明治めいぢ 十二年)に新約全書しんやくぜんしよ を飜譯ほんやく し、一八七五年(明治めいぢ 八年)にルカ傳でん を、一八七六年(明治めいぢ 九年)にローマ書しよ 、一八七七年(明治めいぢ 十年)にヘブル書しよ とマタイ傳でん 、マコ傳でん 、ヨハネ傳でん 、使徒行傳しときやうでん を、一八七八年(明治めいぢ 十一年)にガラテヤ書しよ 、ヨハネ書しよ (改正かいせい )、コリント前書ぜんしよ 、コリント後書こうしよ を、一八七九年(明治めいぢ 十二年)にエペソ書しよ 、ピリピ書しよ 、コロサイ書しよ 、テサロニケ前後書ぜんごしよ 、一八八〇年(明治めいぢ 十三年)にピレモン書しよ 、ヤコブ書しよ 、ペテロ前後ぜんご 、ユダ書しよ 、ヨハネ三書さんしよ 、黙示録もくしろく といづれも木版もくはん で出版しゆつぱん した。此の外人宣教師の飜譯委員會ほんやくゐいんくわい を補佐ほさ した日本人にほんじん は奥野昌綱、松山高吉、高橋五郎の三人さんにん で外に杉本榮、三浦徹の二人ふたり があつた。
一八七八年(明治めいぢ 十一年)に聖書委員會せいしよゐいんくわい は舊約全書きうやくぜんしよ の飜譯ほんやく を計畫けいくわく したが同時にエ・ジェ・パイパルがヨナ書、ハガイ書、マラキ書を譯して出版した。委員は此の計畫で着々と進歩させ、一八八二年(明治十五年)にヨシュア記、士師記、ルツ記、サムエル前後書、列王記上、エレミヤ記を、一八八四年(明治十七年)に士師記、ルツ記、列王記上下、エゼキエル書、出エジプト記、傳道でんだう 之の 書しよ 、レビ記、一八八五年(明治十八年)に申命記、ダニエル書、ホセア書、ヨエル書、アモス書、オバデヤ書、ミカ書、ナホム書、ハバクク書、ゼパニヤ書、ゼカリヤ書を、一八八六年(明治十九年)にはヨブ記、エステル書を、一八八七年(明治二十年)には歴代志上、歴代志下、エズラ書、ネヘミヤ記、イザヤ書、雅歌がくわ 、エレミヤ哀歌あいくわ 、雅歌がくわ を出版しゆつぱん して終をは つた。
一八八八年(明治廿一年)に公認聖書こうにんせいしよ を出版しゆつぱん された。そして一九一六年(大正たいしやう 六年)に新約全書しんやくぜんしよ の改譯くわいやく を完成くわんせい した。尙な ほ以上いじやう の外そと に日本語譯にほんごやく としてローマ・カトリック敎會專用けふくわいせんよう の新約全書としてラバンの譯せしものあり、ギリシヤ・カトリック即すなは ちニコライ派は とも呼よ び亦ハリストス敎會けふくわい とも呼よ ぶ派專用はせんよう の新約全書等諸本あり、此の左近義弼さこんよしすけ の譯やく せる創世記、詩篇、四福音書、永井直治ながいなおはる の譯せる「新契約聖書」等がある。
尙な ほ日本語譯にほんごやく の全般を見るに飜譯者ほんやくしや が不慣ふなれ なためや三位一体さんみいつたい の邪よこしま な迷信めいしん たる結果けつくわ 、原語げんご の眞義しんぎ を故意こい に捉た ね曲ま げて甚はなはだ しき曲解きよくかい をなしつゝある事こと 多おほ く、殊こと に靈魂れいこん とか地獄ぢごく とか神かみ とかが原語げんご とたがはしきため佛教用語ぶつけふようご を多おほ く使用しよう したる爲ため に聖書せいしよ の眞意義しんいぎ が頗すこぶ る曖昧あいまい にされてゐるは注意ちゆうい すべきである。
かくなを 譯語やくご の不統一ふとういつ と混亂こんらん は日本語譯に於て特とく に甚はなはだ しく、殊こと に飜譯者ほんやくしや が不必要ふひつえう な敬語けいご や就中なかんづく 古風こふう でいて淺薄せんぱく な傍記式ばうきしき の假面かめん を飾かざ り、就中なかんづく 改訂論者かいていろんしや が「御父」に「御子」「御願ひ給ふ」等の曲語きよくご を弄しつゝあるは悉く会くわい 社しや 派は 的てき 汲きふ 汲きふ の限りである。
「創造」J・F・ルサフオード 著, 明石順三 訳(万国聖書研究会)1929年(昭和4年) より引用
詩篇―四訳対照表